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2024.01.31

I SEE YOUについて

誰かを、自分自身を、「見る」こと。カナダ在住の編集者・吉田守伸による、トロントのBIPOC(黒人・先住民・有色人種)コミュニティを支える人々の姿と文章を紹介していく連載企画。

#6 人生の庭師になる

ジャイネーシュ・ラージ・バリ

JP/EN

著者のポートレート写真/The portrait of the author

©Kate Dalton

 

おかしな、ばかげた物言いに聞こえるかもしれない。目の前にあなたがいるとして、僕はもちろんあなたのことを見ている。でも実際のところ、その行為には「見ている」という字面が示す以上の意味がある。わかる人にはわかるし、解せない人には解せないままだ……最後まで。誰かの人柄がよく伝わってくるのは、その人が「自分のことをわかってくれている」と心から感じさせる何かを言ったり、手渡してくれたりしたときだ。それはその人があなたの話に耳を傾け、時間を取ってくれたということだから。そういうことがただ生まれつきできる人たちもいるし、ごく自然にできるようになるまで、意識的にまたは無意識のうちに訓練する人たちもいる。


僕自身はたぶん後者のグループに入ると思う。僕へのいじめがひどくなったのは15歳のころだった。僕のことをわかりもしないやつらによって、自分でも名づけようのない何かに仕立て上げられるような感覚だった。彼らの行動は、その時代の風潮や、時代精神が生んだネオコロニアリズム的でアブラハミックな※1思考の刷り込みの産物だったのだと思う。なんであれ、僕はうんざりだった。おかまと呼ばれることに、笑い方を馬鹿にされることに、歩き方をもっと男らしくしろと指導されることに、自分の挙動が大げさであることに。こうしたすべてが、あることを指し示していたと僕は後になって気づくことになる。自分がクリエイティブで、共感力が強くて、感情的で、気持ちの起伏がはげしくて、そして……ゲイであること。


当時、僕は自分の母なる神に助けを差し伸べてくれるよう祈っていた。それ以外にどうしたらいいかわからなかったから。僕と母と父は、毎週日曜の朝に地元の本屋さんにコーヒーを飲みに行くのがならわしだった。ある日曜、二人はデール・カーネギーの『人を動かす』※2という本を僕に買ってくれた。この本は僕の中に行動心理学への愛と情熱を巻き起こした。この出来事は、のちに僕がコンサルタントの仕事をやめて起業することになった原点でもある。この本は、ささいな伝え方の違いがなぜ他者からの認識を左右するのかについて語っていた──そこにあったのは、他者を理解し心からいたわれる人間になるための「秘訣」だった。
 
 
時が経つにつれ、徐々に僕は他の人たちの存在をどう受け止め愛おしむかについていくつかの手法と原則を編み出してきた(自分の存在をどう受け止めてほしいのかについても少しずつ考えながら)。園芸(と食全般)は僕にとってストレスを解消するための重要な方法であり続けてきた。僕が考えるに、西洋文化というのは僕らに自分の物語のヒーローであれと吹き込むが、それは窮屈な教えだと思う。なぜなら、ヒーローになれなければ悪者ということになってしまうのだから。僕らはただありのままでいられないだろうか。人生を自分が手入れする庭として見るほうが僕は好きだ。人生に登場する人たちはみな僕が世話をするきれいな植物で、美しいものをもたらしてくれる。自分の人生の庭師であることは、僕が他の人との関係性においてできることを増やしてくれるように思う。
 

人とのあらゆるやり取りと関係性は、自分の庭に植える種だ。何年もかけて丹精に育てたとしても、最後にどうなったかを見ることはないかもしれない。あるいは、あっという間に成長し花をつける姿、そしてそれと同じようにあっさりとした「死」(または別離)を目にするかもしれない。根気強く、楽観的に構え、気持ちを切り替えられることが必要だ。
 

このような見方のおかげで、僕は人間関係が一時的なものであること、ある物や人と過ごせる時間は自分のカルマによって定められており有限なのだということを理解できた。植物も同じだ。放置されているあいだにぐんぐん成長することがあるのと同じく、愛情を注ぎすぎてあっさり死んでしまうこともある。時に肥料を足さないといけないこともあり、それによっていやな臭いが立っても、長い目で見ると効果がある。肥料の消化がほかより早い植物もいるし、しばらくかかるものもいる。広々とした空間が必要な植物があり、遠目で見ると美しい植物があり、見た目は綺麗だが鋭い棘をもつ植物があり、周りに生えるほかの植物の成長を助けるものもいる。そして、どの植物も唯一無二だ。
 
 
僕が築く人間関係の一つ一つを、僕の感情に語りかけ、世界におけるあり方を変容させてくれる得がたい自然の美であり、同時に脆いものだととらえてみる。そうするようになったおかげで、周りの人たちが必要としているものを汲み取り、また自分が関係性の中でどう「手入れ」してもらったらいいのかを理解し、相手に伝えられるようになった。その見方は、しがらみを超えたところで相手が本当はどんな人間なのかを理解したり、相手に僕のことを見てもらい、また自らのびのびと育ってもらうための助けになってきた。
 
 
これを書きながら、僕は人生の秘められた究極の真理、そして僕の追い求める「求道的な」幸福の秘訣がわかった気がする。それは、あなたを見るとき、もまた見られていると感じられることだ。

 

訳注


※1 ネオコロニアリズムとは植民地主義の系譜に連なるより新しい搾取やコントロールのあり方のことであり、アブラハミックとは預言者アブラハムを重視する宗教(主にユダヤ教、キリスト教、イスラム教)やそれらに共通する価値観を指す。これら二つの言葉は、著者のルーツである東洋の文化や伝統を否定・軽視し、西洋社会において支配的な価値観である男女二元論や善悪二元論などを教え込むものとしてここでは言及されている。

※2 原題は「How to Win Friends and Influence People」。邦題は山口博氏の訳(創文社刊、改訂新装版、2023年)に準拠した。

 

著者プロフィール

ジャイネーシュ・ラージ・バリ

シェフ、起業家、アーティスト。自分のスキルを使い、他の人たちが何か始めるのを手助けしている。自らの情熱のために生き、あなたにもまた自分の情熱を見つけてほしいと願っている。

(訳=吉田守伸、監訳=佐藤まな)