SEPTEMBER, 2023 >> JANUARY, 2024

KYOTO SEIKA UNIVERSITY

WEB CONTENTS
  • I SEE YOU
2023.11.24

I SEE YOUについて

誰かを、自分自身を、「見る」こと。カナダ在住の編集者・吉田守伸による、トロントのBIPOC(黒人・先住民・有色人種)コミュニティを支える人々の姿と文章を紹介していく連載企画。

#0「I SEE YOU」の訳し方 後編

吉田守伸

For English Readers

ライブ会場の様子。青色の照明の下で客たちが思い思いに歓談している。

黒人コミュニティの主導で運営されるアートスペース「It’s Ok* Studios」でのライブイベント。著者撮影

前編はこちら

 

シェアリングサークルで力づけられるような体験をして以来、私はトロントに無数に存在するBIPOCの人々のコミュニティにひんぱんに出入りするようになった。ここで改めてこの言葉について説明しておきたい。BIPOC(バイポックと発音する)とは黒人(Black)、先住民(Indigenous)、有色人種(People Of Color)の頭文字を合わせたもので、北米では非白人の人々を指す枠組みとして頻繁に用いられる。黒人と先住民を有色人種に含めずに別々に呼ぶのは、大航海時代に始まるグローバルな植民地主義を背景に、前者がアフリカからの強制連行と奴隷制、後者が白人入植者による土地の収奪と文化の根絶政策という歴史的に固有の体験をくぐり抜けているからだ。両者は現在も他の有色人種とは異なる形で差別や抑圧を経験することが多いため、そのことを強調する意図で頭文字が足されている。一方の有色人種には、アジア・中東・ラテンアメリカなどからの移民が含まれる。BIPOCという語は今もなお白人が経済と社会の中心を占めるカナダやアメリカにおいて、多数派に属さない人々が直面する問題について語ったり、連帯を呼びかける時の言葉として力を持っている。

 

トロントのBIPOCコミュニティは民族・人種・出身地域・宗教などで分かれているものもあるが、それらが折り重なるようにしてできたものも多く、いろいろなコミュニティを渡り歩く人もよく見かける。私がこれらの場でいつも目にするのは、何よりもまず相手の調子や生活を気遣い、互いの存在を肯定し合う人々の振る舞いだ。ちょっとした声かけやハグ、拳をぶつけ合う挨拶、相手を目の前にして見せる無償の喜び、静かな敬意のしぐさ。それぞれの人が、目の前の相手に「あなたは確かにここにいる」と伝えるそれぞれのやり方を持っている。それは、歴史のうねりによって社会の隅に追いやられた人たちが、互いを守りなんとか正気で今日と明日を生き延びるために、日々の生活の中で編み出してきた態度だと思う。私自身も、外国人というマイノリティとしてこの都市に暮らす中で苦闘してきた。なかなか長く住む家を確保できず2年の間に4度の引っ越しを余儀なくされたし、英語もおぼつかずカナダでの学歴や職歴のない身では安定した仕事に就くことも難しく、いくつもバイトを掛け持ちしウーバーイーツの配達員の臨時収入を足して何とか家賃を払いきったこともある。疲れた体を引きずりながら、シェアリングサークルに、音楽イベントに、パウワウ(※)に足を運び、同じように生活に苦労する友人たちとハグを交わし、ご飯を食べ、音楽に体を揺らす時間が、何とかこの場所で自分を押し殺さずにやっていけるという感覚を与えてくれた。

 

トロントのBIPOCコミュニティのもう一つの特徴は、クィアな人々が当たり前のように混ざっていることだろう。もちろん、クィアにとって友好的ではないスペースもたくさん存在するが、私の印象ではいろいろなコミュニティの運営にクィアな人々が一定数関わっていて、表に出る顔ぶれの中にも普通に当事者の姿がある。あるイベントがたとえクィアをテーマにするものではなかったとしても、クィアを自認するアーティストがごく当たり前に舞台に上がっていて、会場から他と同じだけの声援を受けている。同性愛嫌悪やトランス嫌悪の根深い日本で育った私にとって、プライドパレードやゲイタウンに行かなくても当たり前のようにほかのクィアな人たちの姿を見られる、という感覚は、自分を深い場所で解放してくれるものだった。徐々に、私は自分自身の姿をこうしたコミュニティで出会う人々の中に投影するようになっていった。それはこの社会で自分が自分として生きている姿を想像するトレーニングのようなものだった。

 

*****

 

私は自分を掬い取ってくれたゆるやかな人と人の連続体とその美しさ、そこに通底する態度のようなものを何とか記録に残したいと思った。この「I SEE YOU」というプロジェクトは、私がトロントのBIPOCコミュニティの中でそれぞれのタイミングときっかけで出会った6人の友人たちに声をかけて始まった。全員が何かしらの形でコミュニティづくりに関わり日々周囲の人々を支えている、私の尊敬する友人たちだ。私たちはまずシェアリングサークルを開き、自分の存在がどういう時に見えなくされていると感じるか、相手の存在を認め肯定するとはどういうことなのか、トロントという都市を思い浮かべた時に誰が見えるか、といった質問を交わしあった。私たちが互いの話に笑い転げたりしんみりしたりしながら発見したのは、相手を見る、というのは双方向的な行為だということだった。誰かに、あなたが見えているよ(「I see you.」)、と伝える。その時、見られることによってその誰かは、薄れかけ、忘れかけていた自分の存在を発見する。見る人はまた、相手の中に自分自身の似姿を発見する。それは孤立していたころの自分かもしれないし、同じように生活にあえぐ姿かもしれない。それは、自分のこうありたいイメージを何倍にも増幅した理想の姿かもしれない。何かがそこでやり取りされ、つながりが生まれ、世界の中での自分のあり方が変わっていく。そういうことを私たちは話し合った。これから連載していくのは、誰かを、また自分自身を「見る」ということをめぐって6人が書いた文章だ。詩やエッセイや聞き書きの形でつづられたこれらの文章は、写真家のケイト・ダルトンによる書き手たちのポートレート写真と一緒に発表していく。

 

はじめに書いたように、「I see you.」というシンプルな英語の表現は日本語に訳すのがとてもむずかしい。この言葉は例えば、あなたがコミュニティイベントでDJの音楽に煽られてノリノリで踊っている時に、それに気づいたステージ上のMCの口から発される。

「Heyyy, you’re grooving! I see you!(うおー、めっちゃいいノリじゃん!あんたのこと見えてるよ!)」

ここでは単に自分の目に相手が映っている、ということを超えて、ファッションもダンスもいい感じだね、あんたの喜びが伝わってるよ、それでこっちの気持ちもぶち上がるよ、ありがとう、という気持ちまでが含まれている。だから、この場合「あなたがここにいて嬉しい」という訳が一番近いのかもしれない。訳し方は、あなたと相手のあいだでやり取りされる感情と感覚のありようによって様々に変わり得る。時にそれは「あなたのつらさがわかるよ」になり、また「あなたの頑張りを見てるよ」にもなり、「あなたってむちゃむちゃ素敵な人やね」にもなるだろう。英語の、こういうストレートで懐の広い表現が私は好きだ。

 

日本にいた時、特に東京に住んでいたころ、私は誰かを「見る」ことを避けていたと今になって気づく。人を正面から見ないようにすること。相手の存在に気づかないようにすること。それは社会の、自分が住んでいた都市の、予め決められた暗黙のコードだった。性的マイノリティとして自分自身に似た姿を他の人の中に見つけることが難しい、という事情も、自分の顔を余計にうつむかせた。そうやって私は自分自身の存在も、そして他の人たちの存在も、どんどん希薄なものにしていたのかもしれない。この連載が、自分の存在とそこに宿る強さを忘れかけている人たちにとって、すぐ隣にいる人たちを、そして自分自身を「見る」きっかけになってほしいと思う。

 

 

著者・吉田守伸のポートレート写真

©Kate Dalton


(※)パウワウ……北米先住民の人々が複数の民族で開く集会のこと。伝統的なセレモニーと祝宴に起源をもちつつ、近代に入ってから植民地支配への抵抗と文化の復権を目的に始まった。集会では必ずドラムの音が中心を占めていて、美しい衣装を身につけた踊り手たちが音楽に合わせて輪になって踊る。パウワウはまた美しい工芸品や美味しいご飯に出会える場所でもある。トロントでも初夏から秋口にかけて各地でパウワウが開かれ、多くの人がコミュニティとのつながりと回復を求めて足を運ぶ。私も行くたびにドラムの音と奏者たちの力強い歌声に包まれて、頭と体がすっきりする。

 

次回、12月上旬更新予定

 

著者プロフィール

吉田守伸

編集者。日本評論社勤務を経て、2020年からフリーランス。社会的マイノリティや、書くことを専業としない多様な書き手たちとの協働で出版をすることに関心がある。2023年にトロントメトロポリタン大学出版技能プログラムを卒業、Robert Weaver Award for Editorial Excellence 2023を受賞。担当書にSWASH編『セックスワーク・スタディーズ:当事者視点で考える性と労働』(日本評論社、2018年)、康潤伊・鈴木宏子・丹野清人編著『わたしもじだいのいちぶです:川崎桜本・ハルモニたちがつづった生活史』(同、2019年)、山田創平編著『未来のアートと倫理のために』(左右社、2021年)、内山幸子・平野真弓ほか著『戸口に立って:彼女がアートを実践しながら書くこと』(ロード・ナ・ディト、2023年)など。インスタグラムでカナダの本をひっそり紹介中(@nobu_warabee)。

写真家プロフィール

ケイト・ダルトン(Kate Dalton)

写真を撮ることはケイトにとって、人と交流しつながるための手段だ。ケイトはミッシサーガ・オブ・ザ・クレジット族(Mississaugas of the Credit First Nation)の出身で、この10年間はトロントを生活と仕事の場としている。スチール写真の撮影を中心に専門家の指導を受け、クリエイティブ・フォトグラフィーの学位を取得。舞台写真や先住民のイベント撮影を専門とし、8年間にわたりプロの写真家として活動してきた。現在はパートタイムのアーティストとして仕事をしながら、OCAD大学で美術学士の取得を目指し視覚メディアを使った試行を続けている。