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2024.01.20

I SEE YOUについて

誰かを、自分自身を、「見る」こと。カナダ在住の編集者・吉田守伸による、トロントのBIPOC(黒人・先住民・有色人種)コミュニティを支える人々の姿と文章を紹介していく連載企画。

#4 セルフ・ポートレート

ジャクリーン・チア

JP/EN

著者のポートレート写真

©Kate Dalton

 

I.

はじまりはいつだって暗闇。
最初の白い先端が、
導火線が、求めるのは
黒い
土。しっとりと、ハミングしながら、
この交霊会で、まだ見ぬものを
受け取ろうと待っている。

今度の生に火がついた。

やがて、この母なき
子は、種の殻を脱ぎ捨て
呑みくだし
陽の光と雨の中を
ひょろひょろと漂い、手を必死に
高い木へと伸ばし、風や
養分から遠ざかり、
自らの根を折り捨てながらも
きっと花開く
毎年、毎年。

理解をすべきときは
じゃない。                        休んで

これは奇妙な、愛への呼び声、
母の祈りを求める声。
月は、
まだ悼む気持ちになれず、
彼女の祈りには応えない。

新しさの中にも、光がなくては。

 

II.

けっして忘れないで──
深く重く暗い水の底
には、炎が横たわっていること。
その青い熱の中
くだかれた歴史の破片が
溶けあわさり、新しいあなたになる。
海から島がのぼる、

半分融けた海がやわらかく鳴る中、
金星ものぼる。

若々しく、鋭く
息を呑む姿
たそがれの中
三日月が
いっそうまぶしく輝き、
さらなる星々がついてくる。
さらなる青がやがて
真珠になる。

けれど、まずは波たちを
鎮めなければ。
銀色の視界に映してみると
育ちゆく港にも見えるこの島は、
わたしを導く光にはなれない。

わたしはその潮に流されて
何度も何度も揉まれ転がる。

 

III.

引き潮が最初の
夢の群れを連れてくる
身を寄せられるだけの影も一緒だから、
今夜は隠れていられる。

朝が来たら、この入り江には
庭にあるような小道がいくつも横切り、けれど
人の通る路は覆い隠されているだろう。
子どもは堂々と歩んでいく
風にそよぐララング の中を、
背中にかばんをひっかけて、
探すのはクモやナメクジ、
小さな糸のような芋虫、
はでに目立つバッタ、
赤い目のヨコバイ、
ノートにはさむ花々。

彼女が気ままに去るのをわたしは見守る
わたしの愛はわたしのおなかの
底にじっとこごる、まるで
村にとどまった手紙の
代書屋のように、インク壺をかきまわし、
紙を積み上げ、筆は宙に浮いて。

でも、これはただの夢だ──
手紙たちは朽ち果てて久しい。
腐りゆく舌たちが
暑さの中かたく結ばれ、何も見えぬ視界は
ごぼごぼと鳴ることしかできない。

彼女はわたしの手を握ってくれる
わたしがそっとお願いすれば。
ちょうどいい強さで握ることはまだ覚えていない。
手首とはひどくあっさり、パシッと
折れてしまうもの。

ずっと昔
わたしに言ったひとがいた
痛みとは、虫ほど
小さなものであっても
完全で無欠で、すべてを滅ぼすほどでなければと。

止めることがないのなら、
呼吸に何の意味がある?

 

IV.

その子は宵には
浜辺で眠ることを好む。
わたしが真夜中に目を覚ませば
その姿はすでになく、砂の中に
彼女がつくった小さなくぼみはまだ温かい。
たくさんの小さな足跡
わたしたちの間に横たわるあの入り江では、
ようやく花開きだそうとする腕のあざが、
波また波を引き寄せた
落ちた星々にきらめく岸辺で、
銀色の夢が床のがらくたのように散らばる中で。

         やせこけた子

地平線のあたりにいる彼女の姿は
もうほとんど見えない。
潮がわたしに押し寄せ、
胸に体当たりをし、
喉にいやなパンチをくらわせていった
わたしが何も言えずにいるうちに。
ときどき
視界の端の方に
彼女の笑顔がちらりと見える。
笑い声が鋭く響く。
でもわたしはすぐに、彼女のことを忘れてしまう。

 

V.

今夜の月のように
わたしはひらけて、まぶしい。
けれどあなたは詩をものすために
わたしの髪と肩をつかむ
まるでわたしに会ったことがないかのように──
あなたはこの言葉を理解しない。
あなたの指は境界を
勇ましく横切り、まるで
乾いてきしむ祈りを思わせる。
そうやってわたしの言葉を
黙らせた、まるであなたも
わたしの欲望を呑んでいたかのように。

あなたはふたたびわたしの手首をつかみ、
物語を要求し、わたしの
腰を揉み、わたしの膝に
震えるリズムを呼び起こす。
あなたは月のやわらかさに手を伸ばす、
けれど許しは
ずっと昔に退いて消えた。

どの日も、年も、月も
他より暑かったり、酷だったりすることはない。
どの夜も、他より暗いことはない。
いかなる時も、
わたしたちに和解は訪れない。

 

VI.

今夜はとびっきり速く
いこう。そうせずにはいられない。
気づけば今夜こそが運命の夜
もうビール三杯とテキーラを一杯飲んだ。

車輪をまっすぐに保とうとする
けれどわたしはいつだって
車輪をまっすぐにしてきたんじゃ?
そして今夜という夜は願ってしまう
そうじゃなかったらよかったのにと。

そしてわたしは
体をびくつかせ、えずき
立っているのもやっとのまま
目もくらむ光の中へと乗り入れてゆく。
わたしの上で月がたずねた
おなかがすいていないか、と。
わたしはとてもおなかがすいていて
疲れはてていて、それって
どう言えばいい?
胸が痛い、
わたしは何度も何度も言った、
胸が痛い。

街灯の下でだけ、わたしは
うしなったものを明かすことができる。

 

VII.

ずっと蛾を探してまわっていたけれど
あなたには言えなかった。

死を感じとっていない人は
誰にでも、何でも話すし、
どんな鏡にも金庫を見出す。
魂にはもう、自分の顔がわからない。

蛾さえ身を隠し
疲れ果てて、羽根をたたみ
沈黙する。

 

VIII.

月には暗い面が
ふたつある──ひとつは、彼女の顔を休ませてくれるところ。
もうひとつは、とわの秘密の波止場
逐われた船たちがいつまでも留まるところ。

わたしはいくつもの人生で織られた死に装束を身につける。
この季節に終わらなかったものは
また別の季節によみがえる。
でもまずは眠らなければ、体を
大地の下で縮めて、彼女の残り火に身を寄せて。
うしなった恩寵を見つけて、
古い自分を死なせて、死が
縛りをゆるめてくれるように──

根が新しく冷たく
白いときにできる、希望のある
言い争いとはどんなもの?

愛しいあなた、
その心が大きく開いて
震えるほどあざやかな緑と金に輝きますよう。

美しい真珠のあなた、
                        その目をひらいて、見てごらん。

 

 

訳注
マレーシアの植物。日本語のチガヤに当たる。

著者プロフィール

ジャクリーン・チア

ジャズミュージシャン、園芸家。詩への愛をゆっくりと取り戻しつつある。

(訳=佐藤まな)

 

次回、1月下旬更新予定