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2024.01.31

I SEE YOUについて

誰かを、自分自身を、「見る」こと。カナダ在住の編集者・吉田守伸による、トロントのBIPOC(黒人・先住民・有色人種)コミュニティを支える人々の姿と文章を紹介していく連載企画。

#5 あなたのこと知りもしないのにあなたがわかる

ハニア・チェン

話し相手=吉田守伸、ケイト・ダルトン

 

JP/EN

著者ハニア・チェンのポートレート写真/The portrait of the author Hannia Cheng

©Kate Dalton

 

あなたのこと知りもしないのに あなたがわかる

ここに一緒にいる練習をしよう

互いにわかり合い 存在をかみしめ合うために

抵抗として休むこと

抵抗として足を運ぶこと

ケアのかたちとして見届けること

 

 


 

 

(※以下の対話は、ハニアのポートレート撮影の前に行われた。)

 

見ることは双方向的なもの

 

吉田:ハニア、このプロジェクトのために詩を書いてるって言ってたよね。ちょっとだけ内容を教えてもらえない?

ハニア:まだ最初の一行しか書けてないんだけど、こう始まるんだ。「あなたのことを知りもしないのに あなたがわかる」。初めて会う相手に対して「あっ、あなたそういう人なんだね、わかるよ」って感じたりすることあるでしょ。そういう時って相手をちゃんと見たり、言葉を交わしたりする必要すらない。あるいは、なにか展示を見に行って、必ずしもアーティストのことを個人的に知っているわけではないんだけど、作品を観たときに自分自身をそこに見出したりとか。他の人を見ることは、そもそもが双方向的な行為だと思うんだよね。

吉田:私たちが開催したシェアリングサークル※1で、「私という人間は器にすぎなくて、目の前の相手を映し出してるだけ」って言ってたね。それってどういうことなの?

ハニア:いつも思うんだけど、宇宙って何百万回も何億兆回も、無数のかけら、私たち個人というものを通して、自らを経験し直してるんじゃないかって。私たちはみんなつながってて、同じ場所から来たみたいに感じるんだ。だから、私たちがふれあうときっていうのは、お互いを映し出し合っているだけ。私たちは、お互いを通して自分たち自身を経験してるんだと思う。
自分のことをポジティブでハッピーな人間だと思ってる人が、他の人のこともポジティブでハッピーな人間として見るのは、そういうエネルギーを相手に打ち返したり、自分からも発したりしてるからでしょ。
それほどポジティブじゃない例についても同じことがいえると思う。もし「この世界はクソだ、自分はめんどくさいやつだ、ああ悲しいなあ」って思ってたら、それにつながるものを自ら探して回ることになるよね。それは思い込みによっても強まっちゃう。結局のところ、自分自身にむけてどんな物語を語るのか、頭の中で物事をどういうふうにとらえるのかに全てはかかっていて、それが現実の世界でも反復されるんだと思う。

ケイト:ほんと、自分が世界に向けて差し出したものって、十倍返しで戻ってくるよね。

ハニア:社会が公平に作られてないことも関係してるよね。私たちみたいな労働者階級だったりアーティストだったりそこらへんの人たちが、めちゃくちゃに働き過ぎるように仕向けられてる。それと、金持ちは他のみんなが互いにいがみ合うようにけしかけてる。そういう社会でポジティブでいるのが難しいっていうのはわかるよ。ひと部屋借りるのに2800ドル(約30万円)もするような状況でさ。どうやったら前向きになれるわけ?っていう。だからこそ、一歩踏み出して、誰かにあなたを見てるよって伝えることは、本当に特別なことだと思う。自分の頭の中で「うわあ、この人のバイブス(雰囲気)とスタイル、めっちゃ好きだなあ」って思ってても、その場でそれを口に出すのはひときわ勇気がいることだから。

吉田:相手に「自分は見てもらえてるな」って感じさせるためのハニアなりの方法、なにか持ってる?

ハニア:「あなたを見てるよ、あなたがわかるよ(I see you)」「あなたの気持ち伝わるよ(I feel you)」って口に出すのはすごく好き。「あなたを見てるよ」みたいな意味のことを人に言われたりとか、人に言ったりした記憶は確実にあるね。あと、それは自分がアーティストであることともすごく密接な関係があるかな。アートを作るっていうのは一つだけど、自分のアートを誰かと共有したいっていうのも他方にある。いったん作品を共有っていう段階にもっていけば、互いを見ることとか、自分を人に見てもらうっていうことが始まると思うんだ。

吉田:ほんとだね! 見ることと共有することはつながってる。

ハニア:アーティストだけじゃなくスペースメーカー(場所を作り出す人)としても活動する中で、伸び盛りだったりアンダーグラウンドなアーティストたちのために表現の場を作り出すことにもすごく力を入れてて。お金が絡むような話とは関係なく、自分のアートには価値があるって思ってもらうために。もちろん、私たちは後期資本主義の中でやっていかないといけなくて、時には作品を売らないといけないこともあるけど、みんなお金のためにアートをやってるわけじゃないからね。私たちがアートをやるのは、一緒にいるため、お互いを見るため、事の本質を共有するためだから。アートには自分のやわらかく脆い部分をさらけ出すようなところがあると思う。どんな領域で、どんな媒体を使って、どんな実践をしていても、そこに共通するのは「私たちはみんなこれを共有するために一歩外へ踏み出した」ってことだから。

 

コミュニティでの私たちの役割

 

吉田:コミュニティでの自分の役割をどう考えてるのかも聞いてみたいな。

ハニア:私の役割は、すごく元気なチアリーダー。盛り上げ役みたいな。なにかに熱狂するのが得意なんだ。自分は誰かに見てもらえてるってみんなが感じられるように配慮することは私の役割の大きな部分を占めてるし、自分は場にすごく活気をもたらせる人間だと思うんだよね。それから、人をつなげる存在でもあると思う。この街に深く根を張っていて、役立つリソースや他の人たちのことを紹介できる人間として。同じ質問に対する二人の答えも聞いてみたいな。

吉田:私が今一番気がかりなのは、クィアな友人たち、とくに日本に住んでる友人たちのこと。日本ではまだ同性愛嫌悪やトランスジェンダーへの嫌悪が根強くて。だから自分の役割は、友だちを死なせないこと、かも。生々しすぎる答えだけど、自分がすべきは友人たちにこまめに連絡を入れて、気にかけてるよって示すことだと思ってる。もちろん私がただ彼らを支えてるっていうことじゃなくて、互いに支え合う仲間たちのネットワークみたいな感じなんだけど。ただ、日本とカナダでは社会のつくりからして違うから、ここにいる自分のほうがもしかしたらより多くのリソースや他の人を気遣える余裕を持っているのかもって思う。

ケイト:私の役割は、見届ける人。自分のことをドキュメンタリー・フォトグラファー、なにかを目撃してその物語を伝える人間だと思ってる。人と接することに緊張する性格の私が写真家として活動する中で、すごく考えさせられることがあって。というのも、他の人をじっと見て、相手からも見返されることに慣れるまでとても時間がかかったんだよね。いつも気づくのは、そういう瞬間、自分がすごく脆く傷つきやすい存在になったように感じてしまうこと。それに、私のカメラのせいで相手が同じように感じていることもひしひしと伝わってくる。

ハニア:うわ、いい話だね! 撮る・撮られる双方が、自分がすごく傷つきやすい存在になったように感じるって言ったのが面白いなと思って。ちょうどこれから、私の写真を撮ることになると思うからさ。私は今からケイトに自分を見せるわけだけど、そこには「私が見られたいと思っているように私のことを見てくれるかな?」っていう不安があるでしょ、そうじゃない?

ケイト:まさにそう。私からすると、(カメラを向けた)最初の瞬間に、相手の中に自分をさらけ出すことへの不安や居心地の悪さが見える。私の中にも、相手が最初の数秒に見せるその不安を写真に収めたくないなっていう心配があって。

 

見られることは怖い、でもその価値がある

 

ハニア:今までやっていく中で、相手を安心させるちょっとしたコツや技術って編み出した?

ケイト:私にとって効果的なのは、相手に事前に話しかけてフラットにおしゃべりをすること。一緒に過ごす短い時間の中で目の前にいる相手のことをできるだけたくさん知りたいし、相手には自分がジャッジされてるとか自分をさらけ出すのが怖いとか思わずに、私に見られてると感じてほしい。いつもそんなふうに事が運ぶわけじゃないけど、会話をすることは確かに相手とつながるための土台になってきたから。それって私からすると、私たちが一緒に作り出すたくさんの小さな居場所とも通じるところがあって。私たち三人が今この部屋に座っていて、ここでまた一緒に座っておしゃべりをすることはもうないかもしれない。でもこのわずかな、共にいる時間は私にとってすごく勇気づけられるもので、それはこの道具(カメラ)を通して他の人たちとつながるときの感覚と一緒。このプロジェクトが掘り下げようとしていることが私はすごく好きで。相手を見て、相手から見られることの大切さ。それがどれほど価値のあることで、同時にどれほど恐ろしく、勇気がいることなのか。それでもなお、そこにある価値の大きさ。

吉田:すごく怖いことだよね。

ハニア:すごく怖いと思う。見られること、自分をさらけ出すこと。あなたの、日本に住んでるクィアのお友だちにまず言葉をかけるとしたら、「どうしてそれが怖いのか、わかるよ」ってこと。本当の自分を見てもらったり、誰かと共有したりすることが、実際にできないわけだから。それから資本主義の常で、自分のことは自分で何とかしないといけないっていう空気もあるよね。自分で家賃を払わないといけないし、なにも困っていないみたいにふるまわないといけない。

吉田:それは資本主義の大きな特徴だ、確かに。

ハニア:「ねえ、私大丈夫じゃないんだ。私のそばにいてくれる余裕ある?」みたいに言うこと、プラスアルファを求めることって、すごく怖い。だって他の人たちだって過労状態だし、自分の問題を抱えてるから。資本主義が味方してくれない中で、政府の方針が味方してくれない中で、コミュニティを見つけて誰かとつながることは大変だよね。誰かに見られ、そして誰かを見るためには勇気が必要だと思う。自分からそれを選び取らないといけない。がっかりするし、拒否にもあうし、居心地が悪かったり、傷ついたりもするけど、なんだろう、それだけの価値はあるっていうか。私たちの生を、生きるに足るものにしてくれる。だって、そうじゃないやり方で生きている自分をもう想像できないから。
私と、共謀相手のジャイルズ※2がいつも話すのが、自分をさらけ出したら、4分の1の人からは嫌われ、半分の人は無関心で、残り4分の1の人がすごく好いてくれるってこと。あなたはそのどこに目を向けるの? っていう。それって私たちが一番最初に話したことにつながると思って。自分に対してどんな物語を語るのか。どうやって物事をとらえるのか。
で、私の思考はアートに戻ってくる。アートは私たちに、共にあるための、よりケアを伴った別のやり方を想像するための場所をくれる。そこで他の人たちと一緒に意味のあるものを探し、作り出すことはめちゃくちゃ特別なこと。何より愛おしいなと思うのは、誰かが自分そのものを思い切り表現するためにリスクを取る勇気とそれができる安全な場所を見つけたときに、そのことを一緒に喜ぶ瞬間だよね。

 

訳注

※1 このプロジェクトの始まりに、参加メンバーで集まってシェアリングサークルを行いお互いの考えを共有し合った。プロジェクトの経過についてはイントロエッセイを参照のこと。
※2 ジャイルズ・エメリー・モネットは領域横断的な実践をするアーティスト、キュレーター、クリエイティブディレクター。ハニアと一緒にチャイナタウンでギャラリー「Unit270」を共同運営している。

 

著者&話し相手プロフィール

ハニア・チェン

アーティスト、カルチュラルワーカー。チャイナタウンセンター(ショッピングモール)を拠点に、人々の心身の糧になるような領域横断的なアート実践を行う。人々の関係性や相互作用が引き起こすさざ波のただ中で、アートという共通の土台に立って、物語をつむぎ、場を開き、私たちの日常に潜む巨大な未知のなにかに目をこらし、そこにあるきらめきを探している。

吉田守伸

編集者。日本評論社勤務を経て、2020年からフリーランス。社会的マイノリティや、書くことを専業としない多様な書き手たちとの協働で出版をすることに関心がある。2023年にトロントメトロポリタン大学出版技能プログラムを卒業、Robert Weaver Award for Editorial Excellence 2023を受賞。担当書にSWASH編『セックスワーク・スタディーズ:当事者視点で考える性と労働』(日本評論社、2018年)、康潤伊・鈴木宏子・丹野清人編著『わたしもじだいのいちぶです:川崎桜本・ハルモニたちがつづった生活史』(同、2019年)、山田創平編著『未来のアートと倫理のために』(左右社、2021年)、内山幸子・平野真弓ほか著『戸口に立って:彼女がアートを実践しながら書くこと』(ロード・ナ・ディト、2023年)など。インスタグラムでカナダの本をひっそり紹介中(@nobu_warabee)。

ケイト・ダルトン(Kate Dalton)

写真を撮ることはケイトにとって、人と交流しつながるための手段だ。ケイトはミッシサーガ・オブ・ザ・クレジット族(Mississaugas of the Credit First Nation)の出身で、この10年間はトロントを生活と仕事の場としている。スチール写真の撮影を中心に専門家の指導を受け、クリエイティブ・フォトグラフィーの学位を取得。舞台写真や先住民のイベント撮影を専門とし、8年間にわたりプロの写真家として活動してきた。現在はパートタイムのアーティストとして仕事をしながら、OCAD大学で美術学士の取得を目指し視覚メディアを使った試行を続けている。

 

(訳=吉田守伸、監訳=佐藤まな)

 

次回、2月中旬更新予定